大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和58年(う)78号 判決

被告人 井上敏寛

昭一四・六・一八生 会社員

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人三宅享志、同内林誠之連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官佐々木信幸作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

第一、控訴趣意中、第一ないし第四項(量刑不当の点は除く)の主張について

論旨は要するに、「原判決は、被告人が土岡陽光と共謀のうえ、原判示一般競争入札に際し、同判示土地の落札を希望していた太陽産業株式会社の代表取締役堀耕三に対し右土地の予定価格が六八〇〇万円位と内報し、右会社をして同判示のように落札させたと認定して、被告人に競売入札妨害罪の成立を認めたが、右は誤りである。すなわち、(1)、被告人らが内報した原判示土地の競売予定価格の決定権は福山市長にあり、被告人及び土岡陽光は右決定に関与し得る立場にもなかつたもので、職務上たまたま知り得た予定価格決定の基礎となる価額を推測的情報として教えたに過ぎないから、偽計にあたらない。(2)、被告人らの右内報行為は、それによつて、抽象的にも、社会観念上本件入札の公正を害すべき実害発生の可能性が認められないから、入札の公正を害すべき行為にあたらない。原判決には右のような事実誤認、法令の解釈適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。」というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、原判決挙示の証拠によれば、福山市は、備後圏都市計画事業東部土地区画整理事業施行区域内にある原判示土地(以下、本件土地という。)を含む同市所有の保留地を、あらかじめ予定価格を定め右予定価格を超える最高入札金額投票者に落札させる一般競争入札により処分することとし、昭和五七年二月一九日にその旨の決裁がなされ、同月二五日に公告したうえ、同年三月二〇日原判示福山市民会館で入札が行われた結果、同判示太陽産業株式会社(代表取締役堀耕三)が本件土地を落札したこと、右各処分予定保留地の予定価格を定めるにあたつては、まず、保留地の処分等を所管とする福山市建設局都市開発課において、対象土地の公示価格、鑑定価格等を勘案したうえで土地評価額を算出し、予定価格の決定権者である福山市長(予定価格が一〇〇〇万円以上の場合)又は福山市助役(同価格が六〇〇万円以上一〇〇〇万円未満の場合)において、右土地評価額をもとに予定価格を定めるのであるが、福山市においては、これまで所管の部、課が算出した土地評価額の一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた額が予定価格とされる慣行があり、福山市長及び同市助役においてこれと異る予定価格を決定したことはないこと、本件についてこれをみると、同年三月一〇日ころ前記都市開発課において、本件土地の土地評価額が六六七九万二〇〇〇円と算出されたほか、同月二〇日に入札が実施される各土地の土地評価額が算出され、その後、競売地一覧表が作成され、同月一九日、本件土地については福山市長により予定価格が右土地評価額と同額と定められたほか、それ以外の各土地についても、福山市長又は同市助役により各土地評価額と殆ど異らない各予定価格が定められたこと、右予定価格については、基となる土地評価額を算出するに当つても、それが担当職員以外には漏れないよう配慮され、かつ、予定価格そのものも、入札予定日の前日に決定され、右決定後は、予定価格を記載した予定価格調書を封筒に入れて密封し、極秘文書として保管されていること、被告人は、福山市秘書課秘書係長として勤務していたものであるが、同年三月一〇日ころ、本件土地の落札を望んでいた前記太陽産業の代表取締役堀耕三から本件土地の予定価格を調べて教えて欲しい旨依頼され、福山市助役土岡陽光と相謀り、同月一九日に前記競売地一覧表に記載されている土地評価額を調べたうえ、右堀に対し予定価格として六八〇〇万円位の金額を電話で内報したこと、堀は、被告人から知らされた右金額を基礎として、これに従来の福山市の競売の実態、他の入札予定者の動向などをあわせ考慮したうえで、右金額を超え、かつ、落札可能な最少額をもつて入札金額としたこと、以上の事実が認められ、被告人の当公判廷における供述中、右認定に反する部分は、被告人の原審公判廷における供述、被告人の捜査官に対する各供述調書、土岡陽光、堀耕三の検察官に対する各供述調書(謄本及び抄本)に比照して措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

右事実関係によれば、被告人は、福山市の権限ある機関によつて、本件土地が一般競争入札に付すべき旨の決定がなされ、本件の入札が開始されたのちに、入札予定者のうち特定の者に予定価格の基となる土地評価額に基づいて、極秘とされている予定価格と殆ど異らない金額を予定価格として教えたもので、右予定価格が本件一般競争入札における重要な要素であつて、これを特定の者にのみ知らせることはその者に対して他の入札予定者に比して極めて有利な地位を与える反面、これによつて本件土地が高く売れないなどの実害が発生する虞れがあることが明らかであるから、被告人の本件内報行為は、刑法九六条の三第一項の偽計を用い公の競売又は入札の公正を害すべき行為にあたるものである。

所論は、被告人らには予定価格の決定権がなく、たまたま知り得た推測的情報を教えたに過ぎないから、偽計にはあたらないと主張する。被告人及び土岡陽光に本件土地の予定価格を決定する権限がなかつたことは、所論のとおりであるが、偽計を用いる主体が必ず予定価格の決定権限を有する者でなければならないものとは解されないうえ、本件の共犯者である土岡陽光は、福山市助役として市長を補佐し建設局に関する事務を掌理し、福山市長が予定価格決定権を有する本件土地についても、その土地評価額を知る地位にあり、被告人も福山市市長公室秘書課秘書係長で、かつ、土岡と相謀つて右土地評価額をわざわざ調査しているのであつて、全く無関係な第三者が偶然に予定価格を知つた場合とその形態を異にするのであるから、予定価格の決定権限の有無は、前記判断にいささかの支障となるものではない。次に、被告人が内報した金額は、前にみたように、確たる資料に基づくもので、所論のように単なる推測的情報ではない。所論は採用し難い。

次に所論は、民事執行法所定の不動産競売の手続又は他の地方公共団体等で採用されている公開抽籖の方法などを引用して、最低価格を秘密にすること自体が意味を持たず、本件土地の予定価格が外部に漏れたからといつて、その一事のみで入札の公正を害すべき抽象的危険が発生したとはいえないし、本件入札が一般競争入札であることから、指名競争入札と異り、談合による実害発生の虞れも殆どない旨主張する。しかし、福山市においては、備後圏都市計画事業東部土地区画整理事業施行規程七条により、保留地の処分は原則として一般競争入札による旨定められているのであつて、右入札手続による以上、予定価格が重要な要素であり、これが特定の入札予定者に漏れることによつて、本来の入札手続の公正が害される虞れが生ずることは前説示のとおりであつて、一般競争入札とは、趣旨及び手続が全く異る売却方法を引用して、予定価格の重要性を否定する所論は、その前提において採用し難い。また、一般競争入札においても、予定価格が漏れた場合には、落札を望む有力業者らがその範囲において右予定価格をもとにして話し合う談合類似の行為をする可能性が充分予測し得るところであるから、入札予定者全員の談合が所論のように困難であるとしても、それ故に実害発生の可能性が全くないとはいえない。次に入札の方法が一般競争入札であるか、又は指名競争入札であるか、及び落札後の契約が売買契約であるか又は請負契約であるかの相異が、所論のように本件競売入札妨害罪の成否の判断に影響するとは認められない。所論はいずれも採るを得ない。

その他、記録を精査しても、原判決には所論のような事実誤認、法令の解釈、適用の誤りは認められず、論旨は理由がない。

第二、控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は要するに、仮に有罪であるとしても、原判決の科刑は犯情に照らし重きに失して不当であり、罰金刑を選択して処断されたい、というのである。

しかし、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討すると、本件は、原判決が「量刑の理由」の項に詳細に説示するとおり、福山市の枢要部の職員であつた被告人が、同市助役と共謀して、福山市が行う一般競争入札に際し、特定の業者に対し、極秘事項である予定価格を内報した事案で、その罪質、態様ともに悪質な犯行であつて、これに、一般市民に与えた福山市役所に対する不信感などをも考慮すれば、本件犯行が上司である土岡の示唆によるものであること、被告人はこれまで前科前歴はなく、真面目に地方公務員として働いていたもので、本件により福山市役所を退職していること、本件を反省していること、家庭の情況など所論指摘の被告人に有利又は同情すべき事情を斟酌してみても、本件が罰金刑を選択して処断すべき事案とは到底認められず、懲役刑を選択したうえ、被告人を懲役六月、二年間刑執行猶予に処した原判決の科刑は正当であつて、重きに過ぎて不当とは認め難い。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして主文のとおり判決する。

(裁判官 干場義秋 荒木恒平 竹重誠夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例